流れのままに(東理恵)

 

流れのままに。。。
そんな感じの人生です。

何をしても、どこにいても、
生きていることはうつくしいし
すばらしいと感じています。

そんな私の人生の流れです。。。

 

月星座(おうし座)

幼少期

私は神戸に生まれ、母とのスキンシップは少なく、
自閉症か?とうたがわれるほど、協調性のないこどもでした。
小学校のとき、担任の先生に、
笑わないことを心配されたこともあります。

もともとおばあちゃんっこだったのですが、
その祖母が、幼稚園のときに亡くなったことで、
私の世界が終わってしまったように感じたのかもしれません。

幼少期のことはほとんど記憶にはないのですが、
月星座おうし座らしく、
なんだか、
生きているだけでしあわせだったような気もするのです。

だれがいて、何があって、というわけでなくても。

周りからみれば、
自閉症気味だったかもしれないけれど、
いろんな人とうまくやるよりも、
なにか、こう、絶対的な信頼があったように思うのです。

自分が生きている、生きていくということに。

だれかに肯定されなくても、
生きているだけですばらしい、
みたいな絶対的な自己肯定感が。

 

太陽星座(おとめ座)

太陽星座、水星星座(1ハウス)、金星星座(1ハウス)
すべておとめ座ですので、
真面目に堅実に控えめに、マイペースで生きてました。

高校生まで

中高は私立の女子校(親和学園)で学び、
盲学校の教師をめざして広島の大学にすすみました。

母の期待にこたえるよう、
勉強ができお手伝もできる優等生として
真面目に生きていました。

中学2年生からずっと学級委員で、
卒業式の答辞もよませていただきましたが、
世間知らずの温室育ちでした。


白いかばんの青春

学級日誌かくのがだいすきでした。
3ヶ月に1回ペースで回ってくる日誌、
見開きで6ページびっしり書いてました。

広島でひとり暮らし

大学ではじめて親元を離れ、海外ひとり旅も経験しました。
アルバイトに目覚め、愛嬌も身に着けました。

生徒と授業をつくりあげていくという発想に馴染めず、
教師になるのは断念し、神戸にもどって就職しました。

3回生の3月には、はじめての海外ひとり旅で、
ギリシア~エジプト~イスラエルを旅しました。
当時はまだ、ガザを経由して、
カイロからエルサレムまでの長距離バスがでていました。

SE・プログラマーとして

就職先は、まったく未経験でソフトウェア開発会社へ。
当時は、まだIT業界なんて言葉もなかった時代。

パソコンすら普及しておらず、
Eメールもスマホもない時代に、
ものがたりを書くように、
プログラムを書くことにはまっていきました。

考えてみれば、
これからのIT時代に役立つ
働くスキルが学べる環境を、
選びとっていたのだと思います。

さそり座時代(火星期)
火星星座がさそり座(4ハウス)の私に、
マニアックな時代がやってきました。

阪神淡路大震災、入籍、そして。

大阪・神戸でSE・プログラマーとして
18年間正社員として勤務していましたが、
途中で1995年の、阪神淡路大震災を体験しました。

震災後の非日常のなかでであった家族と、
5人暮らしをはじめました。
一般には、不倫とか略奪愛とよばれる状態だったのかも知れません。

結局は入籍し、
こどもたちの産みの母親との交流はつづいたまま、
こどもたちの育ての母親となりました。
こどもたちの両親とこどもたちをつなぐ、
架け橋のような立ち位置でした。

入籍当初からあったDVは年々激しくなり、
最後はシェルターへ避難しました。

その後、職場うつにもなって、
自分を完全に見失い、
スピリチュアルの世界に自分探しの答えを求めて紀伊半島へと移住しました。

 

木星期(しし座時代)

木星星座は1ハウスでしし座。
自分をとりもどして、
ひとりで自立するために、
紀伊半島を転々と移り住む40代がやってきました。

この時代は、数秘5(ターコイズ)の自由を
体感する時代でもありました。
数秘5カラー(ターコイズ)

熊野と大台ケ原

神戸出身の私にとって、ご縁もゆかりもない紀伊半島、
そもそものきっかけは「熊野」「大台ケ原」でした。

スピリチュアルにはまりこんでいくなかで、
何度も紀伊半島めぐりをするうちに
「熊野にいきたいんです」と言葉にしたのです。

木内鶴彦さんのお話し会で、熊野ずきの知人とめぐりあいました。
彼は、熊野に畑ができる土地を探していました。
であって3か月後には、会社を辞めて、
三重県熊野市へ引っ越していました。

もうひとつ、どこかで「大台ケ原」のことが忘れられず、
自分にとっての約束の地であるようにも感じて、
大台ケ原の山荘で1シーズンの間、住み込みのバイトをしました。

山荘を経営していた第三セクター解散とともに下山することになり、
奥吉野(川上村)へと引っ越しましたが、
ここは20年後かには消滅するだろう限界集落でした。

川上村で、「前北」をまっとうする

川上村では、自分の名前(旧姓 前北)にまつわるもろもろを体験し、
前北としての人生は終わったと感じました。

これまで、同姓の人にはであったことがなかったのですが、
この村に「前北」さんがいらっしゃったのです。

この村は後南朝の末裔が絶えた村でしたが、
前北さんは、この後南朝におつかえしていた系統のようでした。

2014年、
天皇皇后陛下が海づくり大会のために来村され、
北朝との和解が成った気がしたのでした。

ヒノキ

ご縁あって奥伊勢(大台町)へとお引越し。
地域おこし協力隊として働かせていただいていましたが、
もう自分が紀伊半島ですることは終わったかもと
うすうす感じてはいましたが、次にすすめないでいました。

クリスタルボウルとともに

紀伊半島ステージでは、2008年にであったクリスタルボウルを、あちこちで鳴らしてきました。

クリスタルボウル
アクアゴールドG#のクリスタルボウル

 

スピリチュアルジャーニー

「旅」は、私の人生のテーマです。

〇エジプト(9回)
〇イスラエル、ヨルダン(2回)
〇トルコ、ギリシア、イタリア、ドイツ、スペイン、ポルトガル
〇フランス~スイス

なかでも。
2008年から2010年にかけて、クリスタルボウルを教わったにこにこけいこさんと、日本各地、フランス~スイス、エジプト~イスラエル~ヨルダンと、巡礼のような浄化と魂の旅も経験しました。

080927_DSC_0231_Lyon2008年

080927_DSC_0124_Lyonリヨン

 

イスラエル・エジプト

にこにこけいこさんと旅したエジプトからイスラエル~ヨルダンの旅。

学生のとき、はじめてのひとり旅で、海外渡航先にギリシア、エジプト、イスラエルをえらんだ私にとって、この人生はまるで、このとき、この人と、かの地をおとずれるためにあったようなものでした。

それくらいの気もちでおとずれたかの地。

エジプトでは、ダム湖の底にしずむはずだったイシス神殿が移転された島へとおもむき、
イスラエルでは、エルサレムをはじめ聖書ゆかりの地を転々と旅しました。

これまでの瞑想で、
何度かイシスの光を感じてきました。

神殿巫女とかそんな転生があるのでしょう。
20091228141421

まるで、過去のどこかの時点の自分のかけらをひろいあつめるような旅。

そして、あつめただけではなく、
過去の地点では、そうせざるをえなかったことを、
ひとつひとつ反転させて、
21世紀のいまの時代へと、
再調整するかのような旅でした。

死海文書

 

この旅のあとには、燃え尽き症候群のような状態になってしまったのでした。

20100103152755

 

 

おひつじ座時代(土星星座)

土星星座が9ハウスでおひつじ座。

人生前半の従順なおとめ座時代から、
しし座~おひつじ座と、火の星座の時代へ。

数秘1のカラー(レッド)数秘術で宿命数1(レッド)なこともあり、
いままでの経験の上に、
スピリチュアルなこと、
人生哲学といったもの生みだしていく流れです。

数秘0カラー(ホワイト)また。
使命数9でいろいろなことを完結させていく
流れでもあります。
おひつじ座のカラーには、ホワイトも。

Remember(穴口恵子さん)

2017年3月、10年ぶりに大阪のいやしフェアにいく機会がありました。
このとき、穴口恵子さんのグループセミナーを受けてグループ瞑想をしたのち、恵子さんから、

「あなたはただ、おもいだすだけでいいわね。」と、【Remember】という言葉をいただきました。

そして9月、恵子さん関係のメルマガからソウルカラーセラピーを知り、自分の【使命】を知りました。

使命数が、数秘9、完結。
数秘9カラー(マゼンタ)

数秘術とカラーを融合させたセラピー、
ソウルカラーセラピーを学ぶために、
東京にかようようになり、

ようやく、
紀伊半島をでて、次にむかう場所がわかりました。

さそり座時代、しし座時代で、
がっつりと体験して深めてきた人生経験をいかして、
太陽星座おとめ座をまっとうして
ひとさまの役に立っていきたい!

いま、ようやく、人生を仕上げていくところにいます。

あなたが輝くために